高麗について

高麗ギャラリーカフェ(京都八坂)

京都 高麗屋

東京 カフェ高麗屋(六本木)

いのちの食 キッチンラボ

カフェ高麗屋 仙台

結工房 高麗屋

高麗の名は、紀元前37年に中国東北部、現在では遼寧省桓仁県五女山城を発祥とする高句麗から由来しています。初代の王朱蒙は、天帝の子であり、天意を実現する国創りをしました。また民が一人でも不幸であれば王は王ではないことを精神に継承し、高句麗の王は代々シャーマンでありました。東アジア最大の統一国家を築き、705年存続しましたが、国が滅び、日本に亡命し、高麗姓を名乗ることを朝廷に認められ、1300年日本の地にて高麗姓を守り生きてきた家に生まれた私は幼い頃より、父から「高句麗王直系子孫であることを忘れてはならない」と言われ育ちました。国は滅んでも精神、魂は継承され、私は生まれつき人の運命が見え、木や花、自然の生命の生きている状態が見えるようにわかり、詩に表すことで生きてきました。

3歳の頃より一人一人の幸せと世界の平和を祈りはじめ、生き始めました。生まれた時から胸の内に引き裂かれた悲しみが宿り、心の底から東アジアがひとつに成ることを、世界が平和に成ることを願い続けてきました。国が滅び、異国の地に亡命し、生きる場を探し、生きる場を作り生きてきた祖先の魂の悲願と受け止め、悲願が成る時を作り、時を待ち、今こそ東アジアがひとつになる時を創る時と生まれた本音を表し動き始めた2009年2月、高句麗の人が創った縁と聞く八坂神社にて、寒中に咲く梅の花の輝きに心惹かれ、梅の花の木の下に佇む時、遠い昔の風が吹き、懐かしい香りに包まれました。辺りを見回すと、懐かしい坂道が心に飛び込みます。私は記憶を辿るようにし、懐かしい光景を辿ります。目の前に見える坂道ではなく、古の光景に、昔ここを歩いた祖先の魂を見ました。胸動き、じっと佇む私に魂は語りかけます。「ここに高麗を、ここに高麗を…」と聞こえます。声に出して言うだけで、胸震え、涙込み上げます。

3月、偶然通りかかった道は夢のお告げに現れた地でした。何処かも知らずに歩いていると、八坂の塔に行き着きました。以前読んだ本を突然思い出しました。高麗族の繁栄を物語る塔と書かれてありました。祖先の魂に導かれ、八坂の塔に辿り着き、真下に「高麗」の看板が立つ巡りとなったのです。皆で活き活き生きられる世界を創り、世界に発信する拠点とし、「高麗ギャラリーカフェ」を創りました。魂は喜び、「ここに高麗の看板が立った事が魂の証」との魂の声が聞こえます。  八坂の塔は「聖徳太子御建立」と書かれてあります。再び、以前読んだ本の一節を思い出します。「聖徳太子の母方の祖母は高麗姓」と書かれてありました。また、聖徳太子の師は高句麗の僧、慧慈と聞いております。血肉を共にし、亡くなった日も一年違いで同じと聞いています。切っても切れない縁を感じ、感謝し世界へ発信していく拠点とさせて戴いています。

カフェの空間の要は「高句麗」です。天を実現する精神を表し、空間作りをしました。カフェに流れるピアノの音は、いだきしん先生の即興演奏による音楽であります。宇宙のはるか彼方の世界が拓かれていると感じるピアノの音は内面が豊かに拓かれ、無限な世界と通じる内面を経験します。何の境もなく、全ての生命はひとつであり、人間の内面は世界中の人とひとつにつながっていることを感じ、愛を経験します。

高句麗古墳の中に描かれている壁画は、現在、世界遺産とし登録されていますが、古墳の中は背も立たない程狭くても内面は宇宙に通じていく空間でした。高句麗人は宇宙に通じる内面で生きていたことを壁画からも感じます。

いだきしん先生は人間とは何かを探求し、答えを見出されました。言葉によっては通じ合えない限界を見、ピアノの即興演奏により人間とは何かを表現されます。私は余命2ヶ月の時に、いだきしん先生に出会い、生命の内に刻まれていた高句麗の歴史が運命となり身に宿っていることを解明して頂き、解放して頂き、生命助かりました。高句麗の歴史の真に出会い、生きる力と変わりました。過去の歴史は、今を生きる生命と融合し、生きる力となることを経験しました。悲しみは愛と変わり、2度と悲しい人間の生き方を繰り返さない、人間が人間とし生きていける平和な世界を実現していく意志とし生命の中心に立つ柱となりました。世界中の人にこの経験が起これば、3歳の頃より願い、祈り続けてきた一人一人の幸せと世界の平和が実現出来ると真の希望を見出し、世界中の人にお伝えしたく、活動を始めました。

おおいなるはたらきかけにより、夢のお告げにより、京都御所南に「高麗屋」を作りました。烏丸丸太町交差点近くであり御所の前に位置しますので、何方様にもすぐにわかる地に「高麗」の看板が立っています。夢のお告げにより、仙台にも、青葉通りを挟む藤崎デパートの前に立つシリウス一番町ビル1階に「カフェ高麗屋」を作りました。ここも多くの方々がよく知っている地であります。そして「東北の地に永遠に消えない希望の光」が見え作らせて戴きました被災地となりました山元町、山下駅前に建つ「結工房」に「カフェ高麗屋」を作らせて戴きました。看板立つところ、精神立ち、精神立つ所に人が集い、皆が元気に活気にあふれ生きていける場が作られ、広がります。

エチオピア支援活動とし取り組んでいますコーヒー発祥の地の野生のコーヒーとタンザニアのコーヒーをご紹介させて戴き、コーヒーに合うグルテンフリーのスイーツと一緒に、召し上がって頂いています。コーヒーとスイーツがひとつに溶け合う時、心満たされ、幸せを感じます。自然と会話が弾み、笑顔が生まれる空間は光輝いていることが希望と感じています。世界中に幸せのエネルギーが伝搬しますように…。

人と人が心通い合い、豊かな時を過ごせますように…。「高麗」の看板立つ空間から薫るコーヒーの香りが作り出す文化は人間の心が豊かに育まれていくことを心に、関係者一同、心美しく働いて参ります。心よりよろしくお願い申し上げます。

高麗恵子